#1 元OverwatchプロゲーマーのRagunaにインタビュー!

 

〜ゲームと出会い、モノクロだった世界に色がついた〜

 

 

画面の前のみなさん、こんにちは!
ウィキッズメンバーの写真を撮りすぎて、携帯の容量がギリギリになってしまったインターン生のMisakiです!
もちろんノータイムで容量のアップグレードをしました。思い出にお金はケチらないがモットーです。

さて、今回もやっていきます!
社内スタッフを全員インタビューしちゃおう企画第二弾!
続きましては、Overwatchの元プロゲーマーであるRagunaさんにお話を伺いました。
今でこそバリバリ仕事をこなし、大活躍を見せているRagunaさんですが、もともとは、「資格なし、最終学歴高卒、社会人経験ほぼ無し、ゲームしかしてこなかったニート」だったとか。
そんなRagunaさんが、今までどんな人生を歩み、どのような姿勢でゲームと向き合ってきたのか、そしてどのようにしてWekidsでステップアップを果たしているのか。
根掘り葉掘りお伺いしてきました。

 

生きる意味もわからないまま、時間を消費する日々

 

ーーーでは、普段の業務内容を教えて下さい!

Raguna プロジェクトマネージャーの見習いをしています。
業務内容としては、メインはゲームの公式LINEアカウントの運営をしています。
具体的には、LINE内の新しい企画を考えたり実装したりとかですね。
それから、クライアント様への対応や、チームメンバーのスケジュールや業務を把握し、次はコレをしてくださいという指示出しもしています。
ゲームの生放送のお手伝いや、たまに企画系の社内コンテストにちょこっと参加したりもしてますね。

 

ーーー小さい頃は、自分がどういう大人になると思っていましたか?

Raguna ゲームをして生きてやる!とは一切思ってなかったですね。
高校まで、e-Sports系のゲームには手を出したことがなかったですし。
そもそもe-Sportsという存在すら知らなかったな。

夢も希望もなくって、人生ってなんだろうなと思っていました。
比較的、毎日死にたいなと思っていました(笑)
良い高校、良い大学、良い会社に入ってなんの意味があるの?
働くために勉強するの?毎日働いて、一体何のために生きているの?
なんて斜に構えていたひねくれ者でした。
ラノベや小説を読んで過ごしていた記憶があります。

 

 

生きる理由を教えてくれたゲーム、「AVA」との出会い

 

ーーー毎日に希望が見いだせなかった、と…。
聞いていて胸が苦しいです…それでは、いつ頃ゲームにはまったのでしょうか?

Raguna 本格的にゲームにはまったのは高校生のときです。
中学生の頃までは、本当に夢も希望もなくって。
でもパソコンを触ることだけは大好きでした。
祖父の会社にパソコンがあったので、毎週末に遊びに行ってはゲームをしていました。
そこでやっていたのがMMOゲームです。
レベル上げをして、スキルを取って、だんだん強くなっていくゲームですね。
中学生になって部活を始め、パソコンを触る機会は減りましたが、ずっとパソコンが欲しいという思いはありました。

そして、高校一年生のときに入学祝いでやっとパソコンを購入しました。
それからは、ニコニコ動画でニコ生を見たり、そこで見たマインクラフトを始めてみたり、動画を作ってみたり…
高1はほぼそういうことをして終わったかな。
ただ、そういう一連の経験を通して仲良くなれた人がいたんです。
その人に「Alliance of Valliant Arms(以下AVA)」を教えてもらいました。
これはまさに運命の出会いだったと思います。

 

ーーー運命の出会い…!
超かっこいいじゃないですか!

Raguna でしょ?(笑)
AVAが、本当にぼくの人生を変えてくれたんです。
初めたその日に「こんなに楽しいゲームがあったのか」と驚かされましたね。
AVAはオンラインFPSなんですけど、ぼくはコンピューターよりも、回線上の”誰か”を倒すことに達成感を感じていました。
だって、対人で相手に力を見せつけられるんですよ。
ぼくのほうが優れてるんだよって。

初期の方は、睡眠時間をギリギリまで削って、1日20時間弱プレイしていました。
AVAと出会ってからは学校にいく頻度も落ちて、行かない日はAVA、行っても遅刻なんてことがザラでした。
高2の冬に塾に行きはじめたのですが、AVAをやりたいあまりに高3の春には辞めてしまいました。

 

 

ゲームが出来ず、悔いが残るくらいなら仕事をやめるという覚悟

 

ーーーじゃあ、大学はどうなさったんですか?

Raguna 大学自体に興味はあったんですよね。
制服がなかったり、好きな授業を選択できたり…なんていう自由な雰囲気を一度体験してみたかったんです。
でもAVAをやめたくはなかったので、ほとんど勉強せずに受験しました。
受験の当日もオールでAVAをしていて、AVA仲間に「じゃあぼくそろそろ受験行ってくるわ!」なんていって家を出たのを覚えています(笑)

結果的に、なにかの間違いで通ってしまって。
無事通えることになりました。
ぼく、好きなことはいくらでもできるんですが、嫌いなことは本当にできなくて。
勉強を継続してきちっとデキるのは才能だと思うので、ぼくにはその方面の才能が全部ゲームへの集中力に持っていかれたんだと思います。

 

ーーーゲーム特化型なんですね!
じゃあ、キラキラ大学生生活の始まりですね!
どんな大学生活を送っていたんですか?

Raguna いたって普通の大学生活でしたよ!
普通に友だちを作って、一緒にご飯を食べに行ったりとかって感じで。
でも、高校が大学になったからといって、ゲーム廃人のぼくの出席率が上がるわけもないんですよね。
基本的に、ずっと家でAVAをしてました。
通年の単位の取得数、5でした(笑)
このまま行ったら10年たっても卒業できないぞ…と思いました。

ただ、それで焦って大学に行くというわけではなかったですね。
逆に、大学はどういうところかもう充分分かったし、じゃあやめてもいいかって思うようになりました。
上半期の時点でもう見切りはつけていて、2年に上がる頃にはあっさりとドロップアウトしちゃいましたね。

 

ーーーじゃあそれからニートになったというわけですか…?

Raguna 流石に大学中退後にニート化は、いくらなんでも許されなかったです(笑)
親に免許を取ってこいと言われて、免許合宿に行きました。
身分の証明をできるものをってことだったんだと思います。
免許を取った後、6月くらいに不動産会社に就職しました。
でも続けたのは半年くらいだったなあ。

 

ーーーま、またやめたんですか?

Raguna   はい。仕事内容自体は好きだし楽しかったのですが、ただ、ゲームができない!!!!
ゲームとの二重生活がつらすぎたんです。
朝7時起きで、20時過ぎまで仕事をしたあとに、21時から25時までチームでゲームの練習をして、また7時に起きてっていうサイクルで…
あと不動産業って、土日が休みじゃないんですよ。
ゲームの大会は基本的に土日に開催されるので、仕事と被ってしまうんです。
ゲームを理由に大学を辞めたのに、結局ゲームをまともにできていない現状に気づいて。

その頃にはゲーム本位で生きていこうって覚悟もできていたので、今ゲームをできなくて一生悔いが残るくらいならと思って仕事を辞めました。
それが20歳の冬くらいですね。

 

(続)

 

▼次回

#2 ”トップを取るのが大前提” 夢への真摯なマインドがもたらすプロへの切符

▼第三回

#3 元プロゲーマーに学ぶ、自分の価値を出すためのノウハウ