#1 世界的TCG「ハースストーン」アジアサーバー1位経験者のNAGONさんにインタビュー!

 

 

〜目の前の勝利にこだわれば、結果は自ずとついてくる〜

 

画面の前のみなさんこんにちは!
インタビュー記事へのコメントをTwitterで漁っては、にやにやしながらイイネしているインターン生のMisakiです。
つぶやく際は「#Wekids」をつけていただけると、もれなく私からイイネされます。
どうぞよしなに。
どんとこい、身バレ現象。

さて、Wekidsスタッフインタビュー第3弾は、予定を変更し、Wekidsが公式LINEを運営する世界的TCG「ハースストーン」のアジアサーバー1位経験者のNAGONさんのインタビューをお送りしたいと思います。
物腰が柔らかく、温厚で、一見平和主義そうなNAGONさんですが、その実態は勝負事大好き!オセロ、将棋、囲碁、などなんでもござれ!
ことボードゲームの実力においてはWekids内で彼の右に出るものはいない、そんなゲームの達人です。
そんなNAGONさんの一風変わった幼少時代や、Wekidsにたどり着くまでの経緯、そしてゲームにおける頭の使い方などなどを、根掘り葉掘りお伺いしてまいりました。

 

負けず嫌いだった幼少時代
不屈の精神が優勝への道を切り開いた

 

ーーーNAGONさんは、小さい頃は自分が一体どんな大人になると思っていましたか?

NAGON 正直、将来のことはあまり考えずに過ごしていました。
子供の頃からゲーム自体は大好きでしたが、遊んでいられる今が1番幸せだし、大人になりたくないなあと思っていたので、こうして来年度からWekidsというゲームに関わる仕事につくなんて思いもしていませんでした。
こういう大人になりたいというよりは、小学2年生のときに将棋のプロ棋士を目指していたことはあります。

 

ーーー将棋のプロ棋士…!
なかなか特異な職業だと思うのですが、プロ棋士を志すきっかけはなんだったのでしょう?

NAGON 僕の通っていた私立の小学校が、年に4回ゲーム大会を開いていて、その4大会の内のひとつの種目が将棋だったんです。
そこで将棋の魅力を知り、プロ棋士になりたいと思い、将棋会館の中のスクールで2年間ほど将棋の勉強をしていました。
ただ、将棋は先を読めば読むほど勝利に近づいていくゲームなので、感覚だけで指すと、強くなれる限界がすぐに来てしまうんですね。
僕は、どうしても直感を頼りに指してしまっていて、将棋の実力が伸び悩んでしまいました。
そんな小学校4年生の時期に、両親がオセロの小学生大会につれていってくれました。
そして、1回目は準優勝だったのですが、その次の大会に優勝することができたんです。
勝てるのが楽しくて、将棋からオセロに移行して、その後も日本各地のオセロ大会に出場を続け、どんどんオセロの深みにはまっていきました。

 

ーーー1回目から準優勝…!
ということは、オセロは昔から強かったのですか?

NAGON もともとオセロも結構やりこんでいたんですよね。
先程お話した大会の種目のひとつに、オセロもあったんですよ。
僕は相当な負けず嫌いで、そのゲーム大会の開催時期に合わせて母と一緒に各ゲームを練習していました。
だから学内のオセロ大会では、ずっと優勝できていたんです。
ただ、本格的にオセロに力を入れだしてからは、毎週末に母が連れて行ってくれる大会が主に練習の場でした。
そうやって小学生大会を荒らしまくっていたら、オセロ連盟の偉い人に目をかけていただいて(笑)
そこから年齢不問の大会にも出場するようになり、強い大学生の方に定期的に教えて頂けるようにもなりました。

 

ーーー各地のオセロ大会で優勝をかっさらっていた、と。
大人相手に小学生が戦うというのは、相当難しいものが有ると思うのですが?

NAGON はい、やはり対戦の難易度は格段に上がりました。
最初に出た年齢不問の大会では、6戦して6戦とも負けてしまいまして。
今までは相手が小学生ということもあり優勝できていたのですが、相手が大人になると途端に勝てなくなってしまったんです。
でも、母は落ち込む僕を大会に引っ張っていってくれて、次の週からも年齢不問の大会に出続けました。
そのおかげで、大会を重ねるごとに勝てる対戦が1戦ずつ増えていき、最終的には地方のオセロ大会で優勝をすることもできました。
母の全面的なバックアップがあったからこそ、オセロを続けられたんだと思います。

 

ーーーお母様の献身的な支えもあって、優勝することができた、と。
地方のみならず、オセロ全国大会の小学生の部でも優勝なさったと伺いましたが、そちらはいつごろだったのですか?

NAGON 5年生の秋です。
当時、小学生の部のオセロ全国大会は年に2回開催されていて、4年生の秋に初めて出場しました。
その際は、全国5位という結果に終わりました。
初めての全国大会ということで5位でも満足していたのですが、その次の5年生の春の大会でもまた5位を取ってしまって。
丁度大学生の師匠にオセロのご教示をいただいていた時期だったので、とても悔しかった覚えがあります。
その悔しさをバネに頑張って、5年生の秋にやっと1位をもぎ取ることができました。
そして、その後卒業までの3回の小学生大会を続けて優勝することができたのは、とても嬉しかったですね。

 

 

 

本気になれる何かがあると、人生はもっと楽しくなった〜

 

ーーーそれでは、小学校を卒業してからはどんなゲームをなさっていたのですか?

NAGON 中学校に入学してからも、オセロは続けていました。
日本の中学で唯一オセロ部のある中学校があって、その部の顧問がオセロ世界大会で優勝していた方で、その人の下でオセロを学びたいと思い中学受験したんです。
中高一貫だったので、その間は部活を通じてずっとオセロを続けていました。
その際、そのオセロ部の同期とオンライン上でオセロをするためにネットに出会うんですが、オセロの他にもこういうサイトも面白いよと紹介されて、ネットの世界にもはまっていきました。
そこからオセロ以外の色んなゲームに目をむけるようになりました。
それからは特に、咲という漫画の影響から始めた麻雀や、ポケモン、ぷよぷよなどは結構やりこんでいました。

 

ーーー具体的には何種類くらい、プレイなさったのですか?

NAGON おまえは今までに食ったパンの枚数を覚えているのか?
…失礼しました。
4年近くボードゲームサークルで遊んできたので、それなりの数はプレイしたと思います。
中にはユニークなものもいくつかあって、手札を減らすイカサマの巧さを競い合うゲームだとか、原始人の真似をするゲームとか、プールに浮かべた船をストローで吹いて動かすゲームとかもありました。
ボードゲームは、楽しめれば何でもありだと思います。
ループ物の主人公になって運命に抗うゲームも深い没入感があって面白かったです。

 

ーーーおお、お話を伺っているだけでワクワクしてしまいます!
特定のジャンルに肩入れをしている訳ではないのですか?

NAGON はい。僕、あんまりゲームのタイトル自体にはこだわっていなくって。
僕の性格的に、何かのゲームを本気でやっていないと生活がつまらないんです。
本気になれているものがあるだけで、人生の幸福度が違うというか。
どのゲームにも、そのゲームだけの性格があるのが面白いし、そのゲーム独特の考え方を理解しだしてグンと強くなれる瞬間が凄く楽しくて。
小学校のころに4種類のゲームしかやっていなかった反動もあるのか、とにかく色んなゲームに手を出していました。

 

ーーーそれでは、現在のハースストーンに至るまで、特にカードゲームというジャンルにはどの程度挑戦していましたか?

NAGON カードゲームという存在を初めて知ったのは、遊戯王のアニメを視聴していた小学校のころです。
本格的にはまったのは、高校3年生になった際にカードコマンダーというネットのフリーゲームに出会ってからですね。
ただ、ゲームシステムがかなり独特だったので、ハースストーンとは似ても似つかないかな。
大学入学後には、ゲームサークルの人に世界初のTCGといわれているマジック・ザ・ギャザリングを教えてもらってドはまりしました。
このゲームは、僕が今までに出会ったゲームの中で特に難しかったです。
ぼくにこのゲームを教えてくれた方が相当プレイングが上手な方だったんですが、いくら初心者だったからとはいえ、その方に最初の一ヶ月くらいの間、全然勝てなかったんです。
カードゲームって運要素が強く絡んでくるので、少しは勝ててもおかしくないはずなのにって。
以前にやっていたカードコマンダーが結構特殊で、その差を埋めるのに時間がかかったので、尚更難しかったようにも思えます。
それと並行して国産のカードゲームをやったりもして、ハースストーンに至るまでのカードゲームの経験を積んだ、という感じです。

 

(続)

 

▼次回

#2 「もっと上に行きたい」 トップへの飽くなき挑戦で、アジア最強の座をその手に