Wekids Slayer Cup初代チャンピオン、Jimon―優勝記念インタビュー

12月3日、新拡張「仁義なきガジェッツァン」ローンチ直後の開催となった前大会。優勝の座を手にしたのは北米プロチームMatchPoint所属のJimon(@JimonHS)だ。当大会での使用デッキ、さらには彼の半生にまで及んだ優勝記念インタビューを公開。

インタビューワー:Yu@Wekids

優勝してから気づいた。「こんなすごい面子が集まっていたのか」と。

Yu
大会を振り返って、どのような感想がある?

Jimon
新しいもの(デッキ)を試している人が多かったという印象ですね。

Yu
決勝戦はどのような戦いだった?

Jimon
決勝までの手応えで『ドルイドが通りづらい』と感じていたので決勝でFIRE選手と当たった時はドルイドの出すタイミングを慎重に考えて、直前に順番を変えておいた。それが相手の予測から外れていたんだと思います。
読みが当たったこと、そして運がついてきたことが勝因だと思いますね。

Yu
優勝を果たした気持ちはどのようなものだった?

Jimon
正直、優勝できるとは思ってなかったんです。新環境の調整がしたかったのと、普段ランク戦で戦っている韓国選手勢と大会形式で当たってみたいと思って参加して。なので優勝してから気づいたんです。『この大会にはこんなにすごい面子が集まっていたんだ』って。これが優勝したときの率直な感想ですね。

Yu
大会にはどのようなデッキを持ち込んだ?

Jimon
他の人からも指摘されていたのですが、自分は
プリースト(※ドラゴンプリースト)以外拡張前のものを持ち込んでいました。新拡張によりウォーロックズーを使う人がほとんどいなくなるだろうと考えていたので、それに対抗できるマリゴスドルイドテンポメイジを選びました。プリーストを選んだのは、デッキパワーの大きさを考えてですね。

実際のChallongeブラケット。スコアは3-1だった。© 2016 SplitmediaLabs Limited
実際のChallongeブラケット。スコアは3-1だった。©2016SplitmediaLabs Limited

一度プロ入団を断られて、どうしても入りたくて、実績を作って再チャレンジした。

Yu
大学4年生にして北米のプロゲーミングチームに所属された経緯に興味があります。きっかけは?

Jimon
ハースストーンを始めて少し経ったくらいの時期にアジア大会で日本人選手が活躍してる姿を見て、
自分もプロチームで活躍したいと思ってチームを探して。当時はまだ日本のeSportsに盛り上がりが無かったというか、『考え方を学ぶなら北米とかEUのチームに所属した方が良い』と思って、北米チームであるMatchPointに志願したんです。でもその当時これと言った実績が自分に無くて、一度入団を断られてしまったんです。それでも入りたいと思って、AfreecaTVのアジア選手権で良い実績が出たあと、再アタックして。その実績を認められて、所属が決定しました。プロ入りを目指してから実際になるまで、9ヶ月ほどでした。

Hearthstone AfreecaTV Asia Championshipでの実際の様子。©TeamLiquid
Hearthstone AfreecaTV Asia Championshipでの実際の様子。@AfreecaTV_Char

高校では、バスケットボールで大学からのスカウトを貰っている中、怪我で引退した。励ましてくれたのは家族、チームメイト、そして幼稚園の頃からゲームをして遊んでいた友だちだった。

Yu
「ポケモン」で海外遠征の経験を持つJimonさん。幼少期にプレイしていたゲームは?

Jimon
幼少期は・・・任天堂の『どうぶつの森』とか『星のカービィ』とか(笑)『ポケモン』もその頃から好きでやっていましたね。友だちと一緒に遊んでました。」

Yu
いつ頃からゲームを本格的にプレイするようになった?

Jimon
小中高とバスケをずっとやっていて。それこそ高校生の頃はインハイを目指すような、真剣な取り組み方をしていました。大学進学が近づく頃には
大学からスカウト(スポーツ推薦)もされていたのですが、そのタイミングで怪我をして、プレイができなくなってしまって。何か熱中できるものはないか、怪我をしていてもできるものはないか探して、ポケモンを始めました。これが大学での世界大会進出に繋がる、本格的なゲームプレイのスタートでした。

Yu
ずっと続けてきたバスケが出来なくなって落ち込まなかった?

Jimon
一時期はすごい落ち込みました。でも、切り替えは人一倍早い方で(笑)ただ、家族やバスケのチームメイト、そして先ほど話した幼稚園時代にゲームして遊んでた友だちからの励ましも大きかった。

Yu
なんと言われて励まされた?

Jiimon
今悔やんでいても何もならない』、『何かしら行動を起こしていかないと状況は改善しない』って言われましたね。

「自分の考えを絶対持つ」。ずっと貫いていること。

Yu
一心に続けたバスケットボール
、挫折直後に始めて世界大会まで上り詰めたポケモン、そして一度断られて再アタックでプロ入り、今大会優勝まで果たしたハースストーン。Jimonさんの原動力とは?

Jimon
勝ちに対するこだわりですね。バスケで小学生の頃から選抜選手に選ばれて大会で結果を出したりしていて、勝つと良い思いができる、って知るようになって。だから、勝っても何も得られないのなら自分にとってあまり意味がない。逆に負けても何か得られるのであればそれは自分にとって大切なこと。言い換えれば、勝って得られるものへのこだわりが強いんです。

Yu
ポケモンで活躍をしていた最中、ハースストーンのプレイに切り替えた理由は?

Jimon
ポケモンの海外大会で優勝して賞金を貰った時に、eSportsの世界に興味を持ったんです。eSportsと聞いて思い浮かんだものには
StarCraft2やLeague of Legend、Call of Dutyなどもありましたが、身体的能力や経験をあまり必要とせず、比較的短期間でトップを目指せるハースストーンを選びました。社会人になるまでの時間も限られているので。特にStarCraft2は動画でトップの人のプレイを見て『人間離れしている』と感じたので避けましたね。

Yu
今回お話をしていて、明晰で戦略的な思考をする方だという印象を受けました。 Jimonさんのこだわりである、競争や勝ち負けにおけるモットーは?

Jimon
これまでずっと貫いてきたのは、『自分の考えを絶対持つ』ことです。人から何か教わるシーンはあると思うんですが、その中でも必ず自分の考えを持つことですね。教わったことをそのままやってもその人以上になれない。言ってしまえば、
他人がやっていることと違うことをやらないと、勝てないんです。」

写真右、ポケモン世界大会でのJimon選手。©Jimon
写真右、ポケモン世界大会でのJimon選手。©Jimon

Yu
では最後に、Jimonさんの今後の目標を教えてください。

Jimon
アジア選手権大会に出るために冬の大会でポイント稼ぐことと、MatchPointでの活動を広げたいですね。具体的には、デッキガイドを制作することに挑戦したい。そしてハースコミュニティに貢献できたらと思います。

バスケットボールで活躍する未来がアクシデントにより急変し、ハースストーンの海外プロチーム入りを果たしたのが今年の秋だ。
月並みな表現ではあるが、「逆境を何度も乗り越えてきた」彼を支えているのは、家族、幼い頃からの仲間、そして他ならぬ彼自身の屈強な競争心。初のWekids Slayer Cup優勝は、そんな彼の手に渡った。

第2回Wekids Slayer Cupは12/17(土)開催、同日Twitchにて2カ国同時配信される。

大会公式ホームページ

日本配信チャンネル(Twitch)