一度は諦めた道。”舞い戻りし戦友” GPの想い。

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“舞い戻りし戦友” GP(グッピー)

TGS2017、闘会議2018、かつて僕たちはライバル同士だった。
SCARZに約1年所属したあと、Rush Gamingに入隊し、CoD eスポーツの前線で活動し、もうすぐ2年目を迎えるGP。

GPとチームが初めて話したのは、前任であるNami選手の脱退が決まった翌日夜だった。
運営メンバーも含めて全員が失意の中、残酷にも過ぎていく時間、そしてプロリーグ中で欠員が絶対に許されないという圧倒的な現実、そして、本当にその瞬間まで外部のプレイヤー達との交友が無かったチームは、混乱に包まれていた。
その夜、HASESHINとオーナーの西谷が緊急のDiscord会議を行った。
半ば放心状態の西谷に対して、HASESHINの大きな一言。「うららさん、GP(グッピー)今なにしてんですかね!?!?」
GP。ああ、あの元SCARZさんの。
2人でTwitterとYouTubeのチャンネルを見ながら話を続けた。
Twitterは静かだが、YouTubeには驚いた、脱退してからもう2ヶ月か、しかしもう年単位でほぼ毎日毎日、
しかもCODだけ投稿している。珍しい。非常に言葉も丁寧で、ゲームプレイもきれいだ。
”Rushらしい”
と、2人はすぐに思っていた。
実力面は、残されたロスター3人きこうと、翌日の昼間、西谷とロスターメンバーは別途会議、そしてHASESHINからGPへのコンタクトを行った。
翌週には、真剣に話そうという事で、大阪から東京オフィスへ出向いてもらった。
そして、怒涛の勢いで Rush Gamingへの入隊が決まった。
残り2ヶ月、Day3の大敗によって大きく不利に立たされたチームの、
ファイナル進出という大きな責任がのしかかる、ラストシーズンにーーーー。

そんな彼が、今までどんな姿勢でゲームと向き合い、今日に至るのか。
GPがRush Gamingに入隊するまでの背景や、これまでのゲームライフに迫った。

(著:西谷)

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以下、インタビュワー:向野

ーーーでは、まず簡単な自己紹介からお願いします。

 はい。Rush Gaming CoD部門で主にARを担当しているGP(グッピー)です。
主に味方の連携を助けるサポートの役割を担っています。
特に、味方との距離のとり方が得意です。ちなみに、GPという名前は熱帯魚のグッピーから来ています。
小学生の頃から魚が好きで、当時飼っていたグッピーをハンドルネームにしました。

 

ーーー早速ですが、小学校の頃はどんな子供でしたか?

 お母さんによく怒られる子供でした。どうして怒られていたかは詳しくは覚えていないのですが、怒られなかった日は喜んでいた記憶があります。怒られないようにしようとは気をつけていたんですけどね。
ゲームを初めて触ったのは、小学校に入学した位の頃です。

 

ーーーこの頃は将来の夢はありましたか?

 海洋学が学べる大学に行くのが夢でした。
海の生態や、漁獲量についてなど、海についての知識全般が学べる学部です。
ここに通って、最終的に水産庁で働くことが夢でした。
実は僕、釣りが大好きなんです。
父の趣味が釣りだったので、父に勧められて一緒にやり始めたのがきっかけです。
当時は餌も付けてもらって、針も外してもらって、おんぶに抱っこ状態だったんですが、よく父に連れて行ってとせがんでいました。
だからこの時は、絶対に海の生物や海洋学に関わる仕事に就こうと考えていました。

 

ーーーそれでは、中学校でのGPさんについて質問させて下さい。中学校ではどんな過ごし方をしていましたか?

 そのまま地元の公立中学に進学しました。
小学校の頃から水泳を続けていて、部活の代わりに外部のスイミングスクールに週に2~4回くらい通っていました。
そして、塾にも週5~6程、足しげく通っていました。授業がない日は自習室に行っていました。
勉強自体は、正直全然好きではなかったです。
ですが、海洋学部に行きたかったので、そのためにまずは良い高校に行こうと思い、この頃から勉強を頑張っていました。
釣りにも月に2回ほど、週末に連れていってもらっていました。

 

ーーーそれでは、どういう高校に進学したのですか?

進学校と言われている、地元の私立の高校です。
進学実績に、僕の行きたかった大学の名前があったのでこの高校を選びました。
勉強への取り組みに熱が入っている学校だったので、7限まで授業がありました。
他にも、体育などの実技科目以外は小テストがあって、一定の点数を取らないと、放課後にやり直し会に参加する必要があったり。僕は数学と英語が苦手だったので、その2教科に関してはよく参加していました。
あとは、高校の中に塾があって、そこに通っていました。だから外に遊びに行くことは滅多になかったですね。
途中で選ぶ高校を間違えたかな、とも思ったりしました(笑)

 

 

ーーー高校に入ってからはどんなゲームにはまっていましたか?

高校に入ってからは、CoDばかりプレイしていました。
この頃は、ゴースト、AW、BO3の時代ですね。
授業が終わるのが遅く、帰宅時間は基本20時を過ぎていたので、家に帰り次第CoDをプレイするというような生活でした。
だから、あまり多くプレイ時間を確保できているわけではありませんでした。

 

 

ーーー勉強とCoD漬けの高校生活を過ごしたのですね。それでは、海洋系の大学に行くという小学校からの夢はどうなりましたか?

叶えられませんでした。
合格を目指して一生懸命勉強していたのですが、残念ながら不合格でした。
第一志望の大学にしか行きたくなかったので、滑り止めは受けていなかったんですよね。
センターではボーダーラインを超えていたので、行けると確信していました。
今考えると、それはただの過信でしたね;
すぐに気持ちを切り替えて出願すれば、他の大学には行けたんですけど、行く気が起きず、出さずじまいになってしまいました。

 

「小さい頃からの夢が急に途絶えた」ーーはじめての挫折からまた立ち上がるまで

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ーーー第一志望に落ちて、何をする気も起きなくなってしまったんですね…。それではその後はどうなさっていたのですか?
ひたすらスーパーでバイトをしていました。
ハムや豆腐などのチルド商品の品出し、在庫管理、値段割引なんかをしていました。
何もせず、ただ家にいるのが嫌だったんですよね。
浪人期間中はずっとこのスーパーに勤めていました。
普通なら、予備校に通って再受験すればいい、と思うかもしれないんですけど、当時の僕は失意の底にいて、考える余裕すらありませんでした。
小さい頃から目指していた夢が急に途絶えて、何がしたいのかもわからないし、これからどうするかを決める気力もなくなってしまったんですよね。
よくある言葉ですけど、僕はこのとき、人生初の挫折を味わったんだと思います。

 

 

ーーーご家族の反応はどうでしたか?
両親は、僕の進路については一切触れてきませんでした。
昔みたいに怒られることは全くなかったのですが、逆にそれが怖かったです。
小学生のころ、将来の夢を作文で書く機会があったと思うんですけど、ずっと「海洋学部に行きたい」「海洋関連の企業で働きたい」って書いていたんです。
その夢を知っていたから、何も言えなかったんだと思います。

 

 

ーーーご両親も辛かったと思います…では、その後の進路はどうなさったんですか?
今は、夢であった海洋学部ではないですが、大学に通っています。
夏頃は大学に行く気はなかったんですけど、冬になって急に我に返ったんですよね。
もしここで大学を受けなかったら、一生行かないだろうなと思いました。
高卒と大卒では社会的な信用度は変わると思ったので、大卒の肩書だけでも、と思いました。
ただ、我に返るまでの間は一切勉強をしていなかったので、実力でいける範囲の大学を探す必要がありました。
模試を受けたところ、学力が決定的に足らずに海洋学部は受けませんでした。
それから、学費は自分で払う必要があったので、できるだけ学費が安い大学であるのも条件のひとつでした。

 

 

ーーー夢につながる大学への受験失敗、という挫折を経て、GPさんの中で何か変わったことはありますか?
自分のやりがいを感じられることを仕事にしようと思うようになりました。
どんな仕事でも、好きなことと関連していなくても、やりがいを見いだせる仕事がいいと思っています。
昔は、給料が安くても、長時間労働でも、耐えられると考えていました。
ですが、いざ大学に落ちて、ずっと好きだった釣りにも全く行かなくなって、好きなものってこんなに早く変わるんだなってことを実感したんです。
もし好きなものが変わってしまったら、今は大変でも頑張れるかもしれないけど、その後は?耐えられる?って。
だから将来は、やりがいを感じられる仕事をしたいと考えています。

 

 

ーーー眼の前にある仕事に対して、どんな形であれどやりがいを見出すことは、仕事をする上で私も大切にしています。それでは、大学ではどのような生活を送っているのですか?
地元の大学に入学して、今は大学2回生です。
私立ですが、学費が安いところを選んだので年間100万未満くらいです。
奨学金を少しだけ借りているのと、浪人時代のバイト代を全て貯めていたので、なんとか払えています。
自宅からの距離は度外視だったので、登校に片道1時間半はかかります(笑)
でも、それも含めて全然苦には感じていません。
距離や時間の無さを言い訳にしたくないので、単位は落とさないようにしています。
入学とほぼ同時にSCARZに入隊したので、大学に入ってからはCoD漬けの日々ですね。
SCARZには大学2年の頭まで、1年ちょっと所属していました。

 

 

プロゲームチームへの入隊、両立の難しさを知る

ーーー大学に入ってからeスポーツに力を入れ始めたのですね。それでは、SCARZに入ったきっかけを教えて下さい。
一緒によくCoDをプレイしていた、ブリンさんという方に直接誘われたのがきっかけです。
実は、e-SportsはBO3の頃に少し仲いい人とやっていた程度で、当時はやっていなかったんです。
でも、e-Sportsを知らなくてもいいから、打ち合いが強くて、大会で勝利経験がある人をとのことでした。
一度試しに練習してみようとのことで、チームに入って練習してから、正式に入隊が決まった形です。
プロを目指していたわけではなかったのですが、強いプレーヤーと競技性のあるCoDをやってみたいと思っていたので、二つ返事で参加しました。

 

 

ーーーSCARZに所属したことで、なにか変わったことはありますか?
普段から練習は欠かさなかったので、やること自体はそんなに変わらなかったです。
しいていうなら、意識が変わりました。
以前より、マナーや、SNS上での言動を気をつけようという意識が高まりました。
後は、アマチュアのとき違い、負けられないという気持ちが強くなりました。
それから、強い方と組んで、その方の価値観や考えを知れる機会が多くなったので、心身ともに成長したと思います。

 

 

ーーープロ意識を持ってプロゲーマー活動に臨む姿勢、とても素敵だと思います。余談なんですが、SCARZのアイドルと呼ばれていたとの情報を仕入れました。由来を教えて下さい。
理由はわからないんですけど、いつのまにかSZのアイドルって言われていたことはあります(笑)
たまに、「机の上に盆栽をおいてプレイしているんじゃないですか?」って言われたりもしていました。
なぜかは分からないんですけど、盆栽キャラがついてしまって。
全然置いてないんですけどね。
確か、甘いものが好きっていったとき辺りから、なぜか増え始めました。

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ーーーRushのアイドルとしても是非頑張って下さい!SCARZでのプロ期間、Rush Gamingと大会で対戦する機会はありましたか?
大会に出場したのは野良連杯に1度、Cyacに1度、JEC、TGSの計4回です。
その中でもRush Gamingと戦ったのは、JECとTGSです。
Rushは、連携力が凄まじくてめちゃくちゃに強かったです。
僕らの間で「Rushは一人いたら、もう一人必ず近くにいる」とチームで話していました。
メンバー同士の連携力が卓越しているという印象でした。

 

 

ーーーその後Rush Gamingにはどうやって辿り着いたのですか?
Rush CLANのハセシンさんから突然電話がかかってきたんです。
「突然だけど、Rushに入らない?」って誘われました。
SCARZを脱退してから2ヶ月ほど経った7月末頃の話ですね。
だから、移籍だとか引き抜きだとか言われていますが、全然そんなことはないんですよね。
その電話をきっかけに一緒に練習し始めて、2週間くらいで入隊した形です。

 

 

ーーースピード勧誘、スピード入隊ですね!Rush Gamingに対して印象は、入隊の前と後でどう変わりましたか?
以前は、とにかくファンが大量にいるチーム!というイメージでした。
ファン一人一人が誰だかわからない程なんじゃないかなって。
でも、入隊してみてファンの方の名前をたくさん知りましたし、意外と一人ひとりとの距離が近いことも知りました。
もう一つは、思っていたよりチームメイトがみんな優しいです(笑)
特にGreedZzさんは、動画を見ていて、結構叫ぶ方だなと思っていたんですよね。
だけど元々イメージしていた印象とは違って、落ち着いていて優しい印象を受けました。
元々叫ぶ人だと思っていたので、凄くギャップを感じました(笑)

 

 

ーーーそれでは、Rush Gamingに入って驚いたことはありますか?
ファンの多さと熱心さに驚きました。
ファンの母数が多いというのは知っていたんですけど、こんなに応援してくれるんだとびっくりしました。
僕は後続として入ったので、通常であれば誰だこいつ、となると思うんですけど、それでも応援してくれたのは本当に嬉しかったです。
Rush Gamingに入ってから、試合中や配信中含め、CoDをプレイしているときの景色が変わりました。
応援が力になるというのを強く実感しました。
プロ対抗戦のときも、2戦目で勝てたのは、ファンの方たちの惜しみない応援のおかげだと思います。

 

 

ーーープロ対抗戦、最後の対DetonatioN戦での勝利は凄く感動しました。プロ対抗戦を終えての感想を教えて下さい。
受験が終わって開放されたような気持ちです。
すっと肩の荷が降りたような。
プロ対抗戦があったのは入隊して一ヶ月ちょうどくらいで、予選最終戦のDay5でした。
1戦目のSCARZ戦は、全体的に連携がばらばらで、本調子に戻せずに負けてしまいました。
TGSの決勝に行けるかが決まる試合だったので、絶対に勝たなきゃいけないというプレッシャーがあったんですよね。
そのプレッシャーが、逆効果になっていたと思います。
頑張りすぎて空回りしてしまった感じです。
でも2戦目は、メンバー全員吹っ切れて、「勝つしかない!」という思考にシフトしました。
勝って終わろうという気持ちになっていました。
それに、ファンの方たちが応援してくれる姿が見えたので、それが何よりも助けになっていました。
決勝には出場できませんでしたが、4人で最後勝つことができたのは良かったなと思っています。

 

 

ーーー元はSCARZだったGPさんですが、Rush Gamingの選手としてSCARZと戦う際の周囲の反応はいかがでしたか?
ずっと応援してくれているファンや友人、関係者からは、応援の言葉をいただきました。
元々ファンの方は、皆さん付いてきてくれていると思います。
継続的に応援してくれていて、ありがたく感じています。
そんなファンの皆さんのためにも、僕ももっと頑張っていかないと行けないと思います。

 

 

CoDに青春を捧げたプロチーム所属プレイヤーとしての思い
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ーーーそんな人一倍ファン思いのGPさんですが、CoDをやめてしまいたいと思ったことはありますか?
何度もあります。
CoDが趣味じゃなくなった、プロチームに入ってからの話です。
通常であれば、ゲームをやりたくなければPS4の電源を付けなければいい話なんですけど、そうはいかなくなってしまうんですよね。
例えば嫌なことがあった日でも、練習に出て、声を出さなくてはいけないんです。
精神的にきつくても、スランプに陥っていても、ゲームを練習しない訳にはいかない。
そんな時に辞めたいと感じたことはあります。

 

 

ーーー私生活での辛いことを現場に持ち込まないというのは、一見当たり前のようにみえてとても難しいものですよね。そういう時は、今までどうやってモチベーションを保ってきたのですか?
僕、基本的に寝たら嫌なことは忘れちゃうんですよね(笑)
交流戦が終わったら、普段は自主練習をしているんですけど、それをせずに寝たら、次の日には回復しています。

 

 

ーーーそれでは、スランプに陥ったことはありますか?
よくはまります。
モニターとの距離や、やるときの姿勢を固定して、できるだけスランプに陥らないようにはしているんですけど、原因不明のスランプによく陥ります。
何故か敵が倒れない、みたいな。
そういうときは、普段より練習量を増やして、うまくいくまでやり続けます。
スランプからすぐ抜け出す方法は僕の中では見つかっていないので、とにかくやりまくるしかないと思ってます。

 

 

ーーー意外と泥臭くてびっくりしました。約2年近くプロチーム所属ゲーマーとして活動してきたGPさんですが、実際に入ってみて、ギャップはありましたか?
交流戦などで時間的な拘束があるので、大学の友人と約束があると、困ったりしますね。
大学が遠いから、どんなに遅くても7時とかには帰らなきゃいけないんです。
あとは旅行に気軽にいけなかったりもします。
これはチーム次第ですが、バイトとかの時間を捻出するのも難しくなったりしますね。
プロっていうだけで謎のあこがれがあると思うんですけど、入って意外と大変な現実を知るパターンも多いんじゃないかなと思います。

 

 

ーーーそれでは、いままでのゲーマー活動を通してGPさんの中で何か変わったことはありますか?
チームに入って活動しはじめてから、性格が変わったと思います。
僕、昔は人に「お前はこうだ」と何かを言われるのが嫌いだったんですよね。
人に勝手に決めつけられるのが苦手でした。
でも、この活動を始めて、良いことも悪いことも、勝手に想像されて、噂されることが多くなったんですよね。
そこからあまり評価を気にしなくなりました。
それがリアルでも役にたっていると思います。
気にしても仕方ないことを割り切るようになって、メンタルが強くなりました。

 

 

ーーーGPさんの強靭なメンタルはゲーマー活動で作られたのですね。プロゲーマーという職種についてはどう思いますか?
テレビとかでは特集が組まれたりもしていますけど、年収はサラリーマン以下である方がほとんどだと思います。
夢はありますけど、現実はかなり厳しい職業だと思いますね。
ただ、僕はそれでもこうしてプロゲーミングチームの所属ゲーマーとして活動をして、たくさんの試合を乗り越えて、色んな人と出会えたことに感謝をしています。
だから、青春を捧げていることを後悔していません。
このような形で活動できて、本当に良かったと思っています。

 

 

ーーー最後に、Rush Gamingとして、BO4での目標を教えて下さい。
目標は、日本一です。
メンバーが5人になるので、そこに関してもうまくやっていきたいなと思います。
新シーズンでは皆さんから愛され、応援してよかったと言ってもらえるチームになれるよう
様々なことに挑戦していきたいと思っています。